東京地方裁判所 平成3年(ワ)3807号 判決 1992年5月11日
原告
木元不動産株式会社
右代表者代表取締役
佐久間博行
右訴訟代理人弁護士
五月女五郎
同
桂和昭
被告
東京エヌイーシー商品販売株式会社
右代表者代表取締役
大西勲
右訴訟代理人弁護士
岡田宰
被告
株式会社ハイテックラボジャパン
右代表者代表取締役
吉崎武
右訴訟代理人弁護士
後藤徳司
同
日浅伸廣
同
森本精一
主文
一 被告東京エヌイーシー商品販売株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告東京エヌイーシー商品販売株式会社は、原告に対し、平成二年五月一日から同年九月七日までは一か月一〇九七万九八〇〇円の割合による金員、同月八日から右明渡済までは一か月二〇四二万九八〇〇円の割合による金員を支払え。
三 被告株式会社ハイテックラボジャパンは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち五階及び六階を除く部分を明け渡せ。
四 被告株式会社ハイテックラボジャパンは、原告に対し、平成二年九月八日から右明渡済まで一か月八一九万〇九三〇円の割合による金員を支払え。
五 原告の被告株式会社ハイテックラボジャパンに対するその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は被告らの負担とする。
七 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二被告東京エヌイーシー商品販売株式会社は、原告に対し、平成二年五月一日から同年九月七日までは一か月一〇九七万九八〇〇円の割合による金員、同月八日から右明渡済までは一か月二〇四二万九八〇〇円の割合による金員を支払え。
三被告株式会社ハイテックラボジャパンは、原告に対し、平成二年九月八日から右明渡済まで一か月一〇九七万九八〇〇円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実
1 原告は、昭和六一年七月三一日、被告東京エヌイーシー商品販売株式会社(以下「被告エヌイーシー」という)に対し、原告の所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を、左の約定で賃貸した。
①期間 昭和六一年八月一日から二年間
②賃料 月額八一四万〇八〇〇円
③賃料支払方法 毎月末日までに翌月分を原告指定の銀行口座に振り込む。
④特約 本件契約が終了後本件建物を明け渡さない場合、明渡しまで賃料相当額の二倍の損害金を支払う。
2 原告と被告エヌイーシーは、昭和六三年八月一日付けで本件契約の期間を昭和六五年七月三一日まで延長するとともに、月額賃料を九四五万円、月額管理費を一二一万円に変更した。
なお、平成元年四月一日からの消費税導入に伴って、賃料に対して二八万三五〇〇円、管理費に対して三万六三〇〇円の消費税が付加され、月額賃料等は合計一〇九七万九八〇〇円となった。
3 被告エヌイーシーは、平成二年五月一日分からの賃料等の支払をしなかったため、原告は同年九月三日同被告に到達した書面により、未払い賃料等を同月七日までに支払うよう催告するとともに、右期日までに支払がない場合、改めて催告することなく当然に本件契約を解除する旨の意思表示をした。
4 被告株式会社ハイテックラボジャパン(以下「被告ハイテック」という)は、原告の同意を得て被告エヌイーシーから本件建物を転借し、本件建物を現に占有使用している(ただし、被告ハイテックは五、六階の占有を否認している)。本件建物の賃貸借は、当初から被告ハイテックに使用させるためのもので、被告エヌイーシーは、原告が賃借人を上場企業又はこれに準ずるものと限定したため、被告ハイテックのために賃借人となったものであり、本件建物を全く使用せず、賃料差益も得ていない。
5 被告ハイテックは、平成二年四月二五日に被告エヌイーシーに支払うべき同年五月分の賃料を支払わず、同月中に第一回目の手形不渡りを出し、その後も被告エヌイーシーに対し賃料を支払っていない(ただし、被告ハイテックは同年一〇月三日、原告を被供託者として、同年五月分から一〇月分までの五、六階部分を除く賃料相当額を供託したが、同年一二月供託金全部を取り戻している)。
二争点
1 主たる争点
原告は、本件賃貸借契約の解除をもって、被告ハイテックに対抗できるか。
(被告ハイテックの主張)
本件賃貸借契約は、被告エヌイーシーの解約権行使ないし賃借権放棄又は同被告と原告間の合意解約により、平成二年七月三一日をもって終了しており、賃料不払いを理由とする本件解除の意思表示は無効であると解すべきところ、賃借人の賃借権放棄及び賃貸人・賃借人間の合意解約は、転借人に対抗できないし、本件賃貸借契約に基づく解約権行使も転借人たる被告ハイテックに信頼関係破壊事由がない限り転借人に対抗できない。また、賃料不払いを理由とする契約解除についても、被告エヌイーシーは、被告ハイテックの保証人的立場にあるにもかかわらず、被告ハイテックの倒産をもくろみ、賃料を故意に支払わないことによって債務不履行の形式を整えたものであって、原告も、被告エヌイーシーから賃料の支払を受けることは同被告の資力からして容易であるのに、真摯にその履行を求めることなく馴れ合い的に本件解除を行ったものであるから、賃借権の放棄又は合意解約に類似するものとして転借人たる被告ハイテックに対抗できず、かつ、被告ハイテックには信頼関係破壊事由がない。
2 その他の争点
①被告エヌイーシーの損害賠償責任は被告ハイテックの行為により制限を受けるか
②造作買取請求権の有無
第三当裁判所の判断
一被告エヌイーシー関係
1 被告エヌイーシーは、原告に対し平成二年五月一日分からの賃料等の支払をせず、原告から同年九月三日到達の書面により、未払い賃料等を同月七日までに支払わない場合は当然に契約解除となる旨の支払催告付契約解除の意思表示を受けたが、右期限を徒過したため原告との間の賃貸借契約が同日限り終了したことを認めている。したがって、同被告に対する本件建物の明渡請求は理由がある。
2 被告エヌイーシーは、損害金の請求について、次のように主張する。すなわち、同被告は実質的には被告ハイテックの保証人たる地位にあるが、賃借人の債務の保証のような根保証・継続的保証において、保証人の地位保護の見地から、債務者の資力悪化による求償権行使の不安、主債務者の再三にわたる不履行等の事情発生による解約権が認められることとの均衡上、被告エヌイーシーの責任は、保証人であれば右のような事情の発生による解約権が行使できたであろう時期までに制限されると解すべきである。被告ハイテックは、被告エヌイーシーがその保証人たる地位に就いてから五年以上経過後の平成二年四月と平成三年一月にそれぞれ手形不渡りを出す一方、平成二年五月分以降の賃料を一切支払わず、しかも被告エヌイーシーに対する明渡約束を再三にわたり反故にして本件建物を使用収益しており、被告エヌイーシーとの間の信頼関係を完全に破壊していること、賃料が高額であり、被告ハイテックの不実な明渡不履行によりこれが加算されてきていること等の事情があるので、被告エヌイーシーの責任は、原告が賃貸借契約を解除した平成二年九月七日、遅くとも平成三年一月末日までに制限されるべきである、と。
確かに、本件建物を被告エヌイーシーが原告から賃借し被告ハイテックへ転借した形をとった理由が、実質的には被告エヌイーシーを被告ハイテックの保証人的な立場に置くという意味合いを持っていたことは疑いない。しかし、そのような実質的理由をもって、直ちに、保証における法解釈を本件に類推適用することは妥当ではないと考えられる(原告は、被告ハイテックを賃借人とし被告エヌイーシーをその保証人とするだけでは不十分と考えて、右のような形をとったのかもしれず、そうした当事者の法的選択を無視すべきではあるまい)。継続的保証において、債務者の資産状態の急激な悪化など保証契約の際に予測できなかった特別の事情がある場合に、保証人に解除権を認めるなどしてその責任を制限しようとする理由は、ひとつには、右のような事情が生じても保証人は債権者と債務者との間の契約関係に容喙できないため、保証人に合理的限度を超える不利益を免れさせる方法としては、解除権を認めるなど直接保証人の責任制限を図るほかないからであると思われるが、本件のような場合は、転借人の資産状態が悪化して賃料不払が生じたときは、転貸借契約を解除のうえ明渡しを求めて損害を一定限度にとどめる余地があるから、両者を同一視することは適当ではない。また、継続的保証とはいっても、賃借人の保証の場合は、債務の額がほぼ一定したものが累積してゆくだけである点で信用保証等とは異なり、前記のような事情変更の原則の適用には限界があると解されていることも忘れてはならない。
被告エヌイーシーの責任制限の主張は、理由がない。
二被告ハイテック関係
1 被告エヌイーシーが、原告に対し平成二年五月一日分からの賃料等の支払をせず、原告から同年九月三日同到達の書面により、未払い賃料等を同月七日までに支払わない場合は当然に契約解除となる旨の支払催告付契約解除の意思表示を受けたが、右催告期限を徒過したことは、<書証番号略>、証人高橋光一の証言等によって明らかである。
2 被告ハイテックは、本件賃貸借契約は、被告エヌイーシーの解約権行使ないし賃借権放棄又は同被告と原告間の合意解約により、賃料不払いを理由とする本件解除の意思表示に先立つ平成二年七月三一日をもって終了しており、右意思表示は無効であると主張する。
しかし、賃貸借契約終了の理由となりうる原因事実が複数存在する場合に、賃貸人がそのいずれを主張して目的物の返還を求めるかは自由であって、これに対し賃貸人の主張にかかる終了原因より時期的に前の終了原因が存在すると賃借人が主張することは、有効な抗弁を構成しないと解すべきである。なぜなら、仮に賃借人の主張が認められても、賃貸借契約終了による目的物の返還義務が生じていることには変わりがなく、賃借人に占有権限を付与する効果を持つことにはならないからである。
なお、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借は企業間における純然たる商業ベースのビル賃貸を認められるのであって、このような賃貸借において五ないし七月の三か月分合計約三〇〇〇万円の賃料等の滞納は契約解除の十分な理由となりうるというべきであるから、催告の効力についても、右の点は影響がないと解すべきである。
3 賃料不払いを理由とする原告の契約解除の意思表示についても、被告ハイテックは、被告エヌイーシーの賃借権放棄又は同被告と原告間の合意解約に類似するものとして転借人たる被告ハイテックに対抗できないと主張する。
高橋証人の証言によれば、被告エヌイーシーが原告に賃料を支払わない理由は、被告ハイテックが被告エヌイーシーに賃料を支払わないためであることが明らかであるが、賃借人の賃貸人に対する賃料不払いが正当化されるためには、右契約当事者間における正当化事由がなければならないのは当然であって、転借人が賃料を支払わないからといって、賃借人自身の賃料不払いは正当化され得ず、賃貸人は賃借人の賃料不払いを理由として契約を解除し得るし、通常、右解除をもって転借人に対抗することができる。
被告ハイテックは、被告エヌイーシーは被告ハイテックの倒産をもくろみ、保証人的立場にあるにもかかわらず、その資力からすれば容易な賃料支払をあえて怠っており、原告も被告エヌイーシーに対し賃料支払の履行を真摯に求めることなく馴れ合い的に本件解除を行った旨主張する。しかし、賃借人が任意に賃料支払を履行しないとき、賃貸人はそれだけで解除をなし得るし、これを転借人に対抗し得るというべきであって、それ以上に法的な履行強制手段等を講じたうえでなければ、契約解除を転借人に対抗できないというものではない。原告は被告エヌイーシーに対し、賃料支払を催告のうえ解除しているのであって、賃料支払につき法的な履行強制手段に及ぶ前に解除したからといって、馴れ合い的な解除と評することは当を得ない(なお、被告エヌイーシーが保証人的な立場で賃借人になったのは、原告の利益のためと解するのが自然であって、そこから原告及び被告エヌイーシーの被告ハイテックに対する保護義務を引き出すことは相当ではない。被告ハイテックが原告に対し、検索・催告の抗弁権類似のものを持つという主張に至っては、債務者と保証人を取り違えているといわざるを得ない)。
また、<書証番号略>、証人川上和敏の証言によれば、被告エヌイーシーが原告に契約の条項に基づき本件賃貸借の解約を申し入れ、明渡の期日を合意したという経過は認められるが、それ故に、賃料不払いによる本件解除も合意解約に類似するものと見るべきことにはならない。もっとも、被告エヌイーシーは賃貸借継続の意思を失っているために賃料の不払いを続けているという観点から見れば、賃借権の放棄に類する面がないとはいえないが、被告エヌイーシーの賃料不払いの原因となっているのは被告ハイテックの賃料不払いなのであるから、信義則上、原告に対し、賃貸借契約の解除が転借人に対抗できないと主張することは許されない。もともと、被告ハイテックは、直接原告に対して賃料支払義務を負っているのであって(民法六一三条一項)、自己の転借権を保全するためには、原告に直接賃料を支払えばよいのである。そして、転借人が賃料支払能力を失った事情が、賃借人に責任のあるものであるかどうかは、賃借人の賃料不払いを理由とする解除の転借人に対する対抗力の有無を左右するものではないと解すべきである。そうした事情にまで遡って対抗力の有無を決定すること自体、あまりにも賃貸人の地位を不安定にするもので不合理と言わざるを得ないし、仮に賃借人に責任のある場合であるとしても、その故に、賃借人・転借人いずれからも少なくとも任意の賃料支払を受けられないという不利益を賃貸人に甘受させるのは、公平の原則に反すると考えられるからである。もし賃借人に責任があるのなら、転借人は、転借権を失った損害を含め、賃借人との間で問題を解決すべきである。したがって、被告ハイテックが支払不能を来したことにつき、被告エヌイーシーに責任があるかどうかは、賃料不払いによる本件解除の対抗力の有無に影響がない。
なお、被告ハイテックには信頼関係破壊事由がないとも主張するが、原告との関係で賃料不払いの信頼関係破壊事由があることは、以上述べたところから明らかである。
4 被告ハイテックは、解除が認められる場合、原告に対し、コンピュータ関連装置、防音装置等につき造作買取請求権を有するから、これを行使する旨主張するが、被告ハイテックが本件建物に付加したとするコンピュータ関連装置、防音装置等は、その主張自体から、同被告と同種のコンピュータ関連企業以外では利用価値のない特殊な物であることが明らかであり、建物の一般的な使用価値を増加させる物といえないから、造作買取請求権の対象とならない。また、本件は債務不履行による解除を転借人に対抗し得る場合であるから、その点からも造作買取請求権は否定される。
5 ところで、<書証番号略>及び高橋、川上各証人によれば、本件建物の五階及び六階は、被告ハイテックから株式会社禅プランニングアンドプロデュースに再転貸されていたが、昭和六三年被告エヌイーシーから右禅プランニングへの直接の転貸となり、以後被告ハイテックは占有していないというのであり(平成二年一〇月三一日被告エヌイーシーへ返還されたとされている)、被告ハイテックがこれを占有していることを認めるに足りる証拠がなく、同被告に対しこの部分の明渡を求める請求は理由がない。したがって、損害金の請求も、建物全体の賃料等相当額から五、六階の面積の割合を乗じた部分を差し引いた限度で理由がある(1097万9800円×0.746=819万0930円)。
三よって、主文のとおり判決する。
(裁判官金築誠志)
別紙物件目録
東京都目黒区東山一丁目一三一六番地七・一三一六番地二・一三一六番地三・一三一七番地二
家屋番号 一三一六番七の一
鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根八階建事務所駐車場
床面積 一階 199.87平方メートル
二〜八階 各228.21平方メートル